iTunesのクラウド統合サービス開始に思ったこと
iTunes in the Cloudがようやく日本でも解禁となりました。
Apple Japanのページには、今回利用できるようになったサービスについての詳細がアップされています。新機能はこちら。
・3Gネットワークでのダウンロードが可能に。
・過去に購入した曲を256kbps AACフォーマットで(追加費用はいるけど)楽しめる。おまけにDRMフリーだからどのデバイスでもOK。
・iTunes in the Cloudで、過去の購入履歴からいつでもどのデバイスにでもダウンロードして聴ける。あーあの曲今聞きたいのにiPhoneに入れてきてない〜、などと嘆かなくて済む。
・着信音が買える。あまり使ってないのでわからない。
・iTunesのためにリマスターされた音で作品を楽しめるMastered for iTunes。お気に入りのアーティストにあればぜひ楽しみたいところ。
・コンプリート・マイ・アルバム。買った曲を除く差額が適用されるので「アルバムを買うほどではないからシングルだけ買った、でも良かったから全部買いたくなった、ああ、最初からアルバム買っときゃよかった」がなくなる。
iTunes経由での音楽の楽しみ方がますます充実するところです。
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さて、うれしい、と思っているのは音楽のいちファンとしての私ですが、やはりいろいろと考えさせられることがあります。
iTunes in the CloudなどのiTunesの新機能解禁が日本で遅れていた理由の詳細はわかりませんが、この記事などの説明にもある通り、iTunesを経由して販売する際の価格決定についての、アップルと利害関係業界との折衝があったことは想像に難くありません。現在iTunesでは1曲69セント、99セント、1ドル29セントと3段階の価格設定があり、基本的には新しい曲のほうが高く設定されています(日本では150円か200円の二者択一だったような)。
音楽ファンなら誰もが、いい音楽を「妥当」な価格で買って聴きたい、と思っているわけですが、この「妥当」の程度をめぐって、いわばグローバルな規模での摺り合わせが行われているのが目下の現状だと見ています。1曲や1枚のアルバムの価格に対する、消費者から見て妥当な線があるでしょうし、アーティストも含めて作り手側から見た、譲れない線もあるでしょう。
私個人の最近の傾向としては、一部のいいなぁと思うものを除き、ますますマスマーケット志向の音楽から離れ、必然的にあるいは偶然に出会った、私が本当に良いと思う音楽を聴くようになってきています。
全く有名ではない、売れていないアーティストの中にも、本当にいい音楽を作っている人たちは山のようにいると、私は思います。宣伝に巨費を投じて周知されるマスな音楽がある一方、今ではいろいろな音楽ブログや音楽をよく知る知人からの紹介などを通じて、音楽が共有できる時代でもあります。どちらが良い悪いという問題ではなく、そうした多様なチャンネルがあることが大事なんです。
iTunesのような音楽配信サービスがこれからさらに充実すると、CDやヴァイナルなどのフィジカルメディアはさらに脇に追いやられるわけですが、メディアのプライオリティの問題については、抗えない時代の趨勢というものはある。やはりここは、ユーザーの利便性が最大限考慮される必要はある。
一番の問題は、いい音楽を作りたい、と思って、日々いい音楽を作っている人たちに、その情熱の対価が届かないことだと思います。あるいは、お金のためではなく、いい音楽を人々に聞いてもらいたいという情熱をもって日々活動している人々に、その対価が支払われないことです。
2009年、とあることを通じて仙台のインディーレーベルMoorWorksの代表である斉藤悠哉さんと知り合いました。斉藤さんはアメリカやヨーロッパのインディーロックを中心に、非常に良質な音楽を日本に紹介している方です。ネットではアグリゲーターの存在が重要であるように、音楽でも「良質な情報を一手に引き受ける」場所の存在は非常に重要ですが、インディーズ系の音楽においてはこうした音楽レーベルの存在は極めて重要なものです。というのも、聴き手は音楽レーベルの名前である程度自分に合う音楽かどうかの目星をつけるから。
そしていい音楽はやはりいい。件の流れで友人となった大阪在住の音楽ライター山本徹さんもそうしたいい音楽を追求する人物のひとりで、ピーター・ガブリエルやカニエ・ウェストとの共作もある奇才Bon Iver (Justin Vernon) の存在を知らされたのも彼からでした。アルバムを聴き一発でヤラれてしまった私は、間もなく日本ツアーにやってきた彼のライブを大阪の小さなライブハウスで見て、大いに感銘を受けました。昨年にはiTunesでピックアップされるアーティストになり、そして何と、先日グラミー賞を受賞するという快挙。インディーズはファンが育てるとはよく言いますが、これを体感した気がしました。
出版業界音楽業界共に日々刻々と変化がありますが、超ロングテールなこの時代、ひとまずは、もう少し情熱への対価を保証してくれるようなシステムの到来をせつに願うわけです。そして、今後のiTunesがそのような方向へと展開することを望みます。
iTunes in the Cloud の霹靂
Mountain Lionのリリース予告に続き、またも晴天の霹靂な事態が。
iTunes in the Cloudが利用できるようになっています!
Gizmodoの速報で知りました。
MacのiTunesでも確認しましたが、過去にiTunesで購入した音楽が再度ダウンロードできるようになっていました。
ナビリンクの下段上の「購入済み」項目から入れます。
一番下にはiTunes Plusも!
iTunesで買ったけど、なくしてしまっていた曲がかなりあったので、これはうれしい。
いつもと違った理由はWindows 8、じゃなくてGoogle。
アップル社は16日、同社のMacノート・デスクトップ端末用OSであるOS Xの次期バージョン “Mountain Lion” の発表を行いました。これまで通例となっていたのは、アップルからの招待状を受け取ったジャーナリストらが一堂に会するイベントで大々的に発表されるという方法。発売の直前に告知されることが多い他製品と比べると実際の発売までに相応の時間があるという違いはあれど、ショーアップされたイベントのなかで発表されるという形式は、OSも他製品も(基本的に)同じでした。(このあたりの詳細はmaclalalaさんの記事が非常に参考になります)
このMountain Lion、発表形式もそうですが、タイミングについても若干イレギュラーな印象を持っていました。つまり、発売までの時間が少し短め。
と思っていたら、Fortuneの記事 “Did Apple unveil OS X 10.8 last week to preempt Windows 8?” がこの辺りについての分析をしていたので、以下に示します。
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釈然としないタイミングの理由はマイクロソフトよりもGoogleを配慮してのものだ
「アップルが Mountain Lion のリリースを早めた理由はWindows 8だ」(Bloomberg Businessweek)
「スティーブ・ジョブズは去り、Windows 8がやってくる。アップルはパニックを起こした」(betanews)
予想通り、夏の終わりまでにMac OSの新バージョンがリリースされるというニュースがなぜ先週の火曜日に発表されたのかを分析することに、技術系メディア各社が相当の時間を費やした。
当然、数名の人物を選んで製品の詳細を説明するという方法をアップルが採用したことにまずは目が向く(なぜいつもアップルのレビュー記事を書いているAndy Ihnatkoじゃなく、そうではないMG Sieglerが選ばれたのか、など)。
アナッコもそうだが、ほとんどの分析は、確実にメディアをコントロールするためにアップルが採用した方法だと断じている。彼は「同業者全員が知ることはできない。早く知ることができることもあれば、そうでないものもある。日々、自分ができることをやるだけだ」と、少々哲学的にツイッターでつぶやいている。
最初に示した見出しの引用を見て、今回の告知の方法にマキャベリズムの匂いを感じる人もいただろう。記憶する限りではじめて、アップルは開発者がテストする前にメディアにOSを公開したのだ。betanewsのRobert Johnsonは次のように言う。
アップルは次期OSを発売する何ヶ月も前にOSを開発者向けに公開するのが常であり、それはほとんどの場合WWDCの場で行われた。しかし10.8は違う。アップルは今回の発表で、マイクロソフトが今月末に予定しているWindows 8ベータ版 (Consumer Preview)の発表の前に先制攻撃を加えようとしたのだ。
さて、マイクロソフトの出鼻をくじくというには、Mountain Lionの発表は時期尚早だったと言えるのだろうか。
ジョン・グルーバーとジョン・シラキューサがThe Talk Show で指摘していたのは、次期OS Xの新機能はメッセージ、通知、同期など、MacがiCloudとの統合連携をより強固にするもの以上のものではない、ということである。
クラウドコンピューティングの主はマイクロソフトじゃなくてGoogleだ。10.8リリースに向けて、アップルの視角に入っているのは、Googleなのである。
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Fortuneの記事は以上です。
昨年あたりから Social – Mobile – Cloud 分野の革新が鍵になるこれからを見越して “SoMoClo” なるアクロニムが出てきていましたが、今回の Mountain Lion が「最初のSoMoClo OSだ」とGigaOmのOm Malikなどは申しております。
iCloudの無料スペースが5Gでは、いよいよ心許ない時代ですね。ここはアップルにはサービス拡充を期待したいところです。
OS XとiOS、真の融合は近い?
iPad発売からおよそ半年が経過した2010年10月20日、アップルは”Back to the Mac“(イベント速報拙訳)というイベントを開催しました。このイベントでは2008年の発売以降初めてのフルモデルチェンジを受けたMacBook Airがお目見えしましたが、同時に時期OSとなるOS X、”Lion”も発表されました。
アップルの前CEOスティーブ・ジョブズはこのとき、「アップルはOS Xから新しいOSであるiOSをつくり、そしてiOSにより得たイノベーションをOS Xに持ち帰りたいと思っている。OS XとiPadの邂逅だ」(We started with OS X and we created a new version called iOS — it’s now used in the iPad as well. We’re inspired by some of those innovations. And we want to bring them back to the mac. Mac OS X meets the iPad.)と言いました。
そして現在、MacユーザーのほとんどはLionで動くMacを使っているわけです。
(ここ数日間ワケあって外界の情報と遮断されていて、実はついさっき発表されていたことを知り愕然と(笑)しましたが)先日発表された新OS X “Mountain Lion”も、”Back to the Mac”のコンセプトがそのまま受け継がれている印象を持ちました。”Back to the Mac”当時はiOS 4で得たイノベーションがLionに搭載され、今回はiOS 5のそれが”Mountain Lion”へ、というわけです。
もちろんiOS 4以前(iPhone OS 3まで)も、OS Xとの機能連携という点では様々な相互フィードバックが行われていたのは当然ですが、”Back to the Mac”イベントにおいて「iOSの便利な機能がOS Xにフィードバックされる」というスタンスを敢えて打ち出すことがMacの販売にも有利にはたらくとみる判断があったわけです。つまり、iPadがこれからのアップルを牽引するデバイスになる、ということを宣言したイベントでもあったわけです。
今だからこそ「iPadで得たイノベーションを」というジョブズの言葉には微塵の違和感も感じません。延々と続く品薄状態に裏打ちされた発売直後の社会全体を巻き込まんばかりの大ブームを見れば、iPadが電子デバイス業界に巻き起こした変革の大きさがわかるというものです。しかし、考えてみれば”Back to the Mac”イベントが行われたのはiPadの発売からまだおよそ半年しか経過していない頃。Android陣営の攻勢の足音もそろそろ聞こえ始め、iPadの絶大な人気も長くは続かない、というネガティブな予想も多かった頃(今でもありますが、iPadはそうした予想を裏切り続けています)。早々にiPadをアップルの屋台骨としてしまったとして、もしも他のタブレットデバイスに寝首を掻かれでもしたら、イメージ戦略全体の破綻にもつながりかねませんでした。
さて、”Back to the Mac”から1年と4カ月。同じコンセプトとともに新たなOS X “Mountain Lion”が発表されましたが、当時の経営陣の判断が何ら間違っていなかったことは、火を見るよりも明らかです。
現在、iPadはアップルの最も「尖った」部分であると同時に、最も人気のある商品となっています。
私自身、iPad、iPad 2と使ってきて、手に余るな、と感じることもありました。しかし「使っているうちに手になじむのがiPad」。アップル製品は総じてそういう感じですが、iPadは特にそう。私にとっての一番の変化は、最初は「あると便利」ぐらいにしか考えていなかったソフトウェアキーボードにかなり慣れてきて、かなりの長文でも苦にならなくなってきたことです。そして何よりも、デバイスを触れる時間が長くなればなるほど愛着を深めてくれるマルチタッチのUX。
Mac愛好家の私としては、最近巷でちらほらときかれる「Mac不要論」は全く以て気にならないものでしたが、iPadに対する私自身のそうした変化を認識するにつれ、ハードウェアとOSとの関係性は、今後さらにドラスティックに変化していくものなのではないか、という印象も同時にもちました。
個人的には現在Macで行っていることがiPadでできればいいとも思うし、その逆もまた然り。
つまり、OS X = iOS が一番いい、ということですよね・・・
iPad発売の数カ月後にMagic TrackPadが発売されたときに、「戦略」としてOS X「を」iOS「に」統合させる、という見方をTechRadar が “Apple’s Secret iOS Strategy”という記事で示していて、本ブログでも取り上げていました。TechRadarは”The reason it’s going to happen is that for very many things, iOS is better than OS X, let alone Windows or desktop Linux”(理由は、iOSは、WindowsやデスクトップのLinuxは言うに及ばず、OS Xよりいいから)と書いていましたが、現実は確かにこの予想を後追いしているように見えます。
そしてアップルの公式サイトのMountain Lionのトップページには “the Mac keeps getting better and better”(The Art of Marr’s Blogさんへのリンク)の文字が。「iOSに近づくことが良いことである」という意味にも取れる。
さらにはですよ、次期MacBook Proではパームレスト全体がトラックパッドになる、という、マルチタッチのUXがさらに進化する、というびっくりな噂まである。もうマルチタッチしまくってください、と言われているようなものです。
新OS Xの発表なのに、やっぱりiPadのことに気が向いてしまいます(笑)。いずれはOS XとiOSが完全に融合する日はくると思っているのですが、その日は思ったよりも早く来るかもしれないと思わされてしまった今回の”Mountain Lion”発表でした。(ネコ科の動物の名前もそろそろ頭打ち、というのはDavid Pogueも言っていることですし・・・)
みんなが「恋に落ちる」iPhone
5年足らずで1億8千3百万台を売り上げたiPhone。
開発のキッカケは、開発チームに対するスティーブ・ジョブズのこの一言だったということです。
「人々が恋に落ちる電話を作りたい」
Apple Insiderによりますと、アップルの元iPhoneプロダクトマーケティングエンジニアのBob Borchers氏がカリフォルニアの某学校で講演し、iPhone開発の端緒となった瞬間について次のように話したということです。
スティーブがわれわれに最初に与えた難題は、アプリを入れて何でもできるようなタッチスクリーンデバイスを作る、というものではなかった。彼の指示はシンプルなものだった。「人々が恋に落ちる最初の電話をつくりたい」。彼はこう言ったんだ。
エンジニアなら誰でも、「おい、いったいどういうことだ」と思っただろう。でも、スティーブは正しかった。つまり、あまりに便利で生活のなかに溶け込んでいるために、財布は忘れてもその電話は忘れない、というものを彼は作りたかったんだ。
ボーチャーズ氏は、数少ない基本コンセプトに焦点を当てることから始めることがアップルが成功していることの大きな理由のひとつだと言います。ルールは破るがしっかりと礼儀はわきまえ、細部に配慮する。すでにスマートフォンは存在していただけに、デバイスに対するそれまでとは「異なる考え方」(think differently)を促す。
2007年のiPhoneイベントでジョブズがプレゼンしたときの印象が今でも鮮明に蘇りますが、革命的な電話であると同時に、最新のiPodでもあり「ポケットの中のインターネット」である、というiPhoneの基本コンセプトの後半部分は、当初のコンセプトには無かったものだった、というのです。もちろんアプリのダウンロード、GPS、ビデオやカメラ、音声機能なども。
アップルがいつもうまくやってのけるユーザーを驚かせ喜ばせ続けるための土台作りと、すべてのプロセスにおいて完璧さと細部へのこだわりを見せるジョブズの性格が相まって、iPhoneという製品が作られた、といいます。
例えば製品発表直前に、プラスティック製のタッチスクリーンの強度が不十分だとして、開発チームに再考を促し、ボツになっていたアルミノケイ酸ガラスの採用案が復活し、これが結果として素晴らしい選択だったという、ジョブズの的確(かつ無茶)な指示に関するエピソードも披露されたとのこと。
さらに、iPhoneが初めて協業することになる通信会社AT&Tとの交渉で、それまでの慣例を破り、アップル自体がiPhoneを販売すると主張したことが、業界にとって大きな転換点だったことなどについてもボーチャーズ氏は話しました。
ボーチャーズ氏はiPhone 4の発表後にアップルを去り、現在はベンチャーキャピタルのOpus Capitalのキャピタリストであるとのことです。
(3Gは諸事情で諦めた)私がiPhoneを手にしたのは3GSが最初です。最初にiPhoneを手にした時のことを思うと、まさに「恋に落ちた」感覚だったと、再認識します。懐かしい。
アップルの理想は絵空事なのか
先日、私が書いた記事についての補足のつもりで書いています。
先日行われたアップルによる教育関連イベントですが、イベントの後、アップルの提案に対する「それは無理だろう」という雰囲気を反映した記事がいくつか出ておりました。
かのGizmodoの “You Can’t Afford Apple’s Education Revolution“(アップルの教育革命は地主の革命、高くて手が届かない)は、そうした疑問を呈する記事のなかでも最もわかりやすいもののひとつかと思います。この記事では、アップルの教育イベントが提示したモデルケースについて「教育革命(ただし地主階級に限る)」という表現を用いています。そして「今はまだ「新しいもの」と「人と違うもの」にはお金がかかる」と結論づけています。
これが真実ではない、とは言いません。むしろまさにそれは世の中の真理だとさえ思います。ただ、「新しいもの」と「人と違うもの」は金をかけることによって「しか」手に入らない、と、このギズモードの記事が読めてしまうのであれば、それこそ、アップルが今回のイベントで提示した理想とは真逆の姿勢ではないのか、と思います。
世の中がいつも平和であり、すべての人が同じように幸せであれば、これほどいいことはありません。でも、当たり前ですが、現実は全くそうではありません。このブログでは何度か私自身が教育者であると明かしています。そんな私がこんなことを言ってしまうとダメなのかも知れませんが、そんなことは未来永劫、あり得ないとさえ、思っています。
なぜか。人は、生まれながらにして皆平等ではないからです。問題は、ならばその不平等は、変わらないのか、あるいは変えることができないのか、ということです。
スティーブ・ジョブズが、自身の人生を賭して訴えたのが、まさにこの問に対する答えではなかったのか、と思います。
私は、アップルが創業して以来、アップルの製品が他のものに比して「高価」だった(今では必ずしもそうではない、というか、全くそうではないという確信すらあります)のは、まさにこの問いにたいして、世の先陣を切って答える努力を怠らず、この問に対する答えを、製品という形にして出し続けてきたからだと思っています。だからこそ「高価」でありながらも、多くのユーザーによる支持をこれまで受けてこれたのだと思います。
だからこそ「今はまだ「新しいもの」と「人と違うもの」にはお金がかかる」として、アップルを利用できるのが「地主階級」に限られるみたいな話に収束させているギズの記事を残念に感じます。それにそんなことを言ってしまうと、現在世に出回っているiPadの同等品も「お金がかかる」という点では変わらない。
今回のイベントで提示されたイメージビデオはアップルの理想像である、というのは先日の記事でも申し上げました。アップル製品をすべての人が等しく使えるような社会であれかし、という思いが込められているのは、確かだと思います。
しかし残念ながら、世のすべての人間を等しく向上させられるような、完全な教育制度はありません。とくに公教育においては、最大多数の最大幸福を目指し、それをよしんば実現できたとしても恐らくそれで手一杯であり、システムそのものを完璧なものにすることはおそらく不可能です。
世界中すべての人間がアップル製品を使う、ということもまたあり得ないことですし、アップルという会社、というか、創業者のスティーブ・ジョブズ自身も、そんなことは考えていない(いなかった)のではないかと思います。だからこそ、先のイベントでアップルは教育の理想的な「モデルケース」を示した、と私は感じました。
今、私に示すことができるものがあるとすれば、ベンジャミン・フランクリンさながら、「天は自ら助くる者を助く」という言葉のように、自律的に自らの、家族の、友人の、そして社会の幸せを願い、そのことを実現するために努力するひとびとをこそを助けるものが教育である、という、信念のようなものが、それかもしれません。
他人に自らの人生をもっぱら委ねたり、他人の何かを当てにしたりするような生き方をよしとしない。そして、自ら助くる者こそが須らく向上していけるような社会のあり方。先のイベントで、現場に立つ教師たちの多くが一様に懸念していたのは、勉強に興味を示すことのできない子どもの興味をいかに引き出すか、ということでした。
大切なのは、そもそもアップル製品を使うとかIT技術を教育現場に持ち込むとかいうことでは全然なく、子どもの興味を引き出すことです。それができるなら、アップル製品でなくても、そもそも電子デバイスでなくても何も問題はない。アップルとして、アップルの持てる技術を以てして、現在において、そして近い将来において何ができるかが示されたにすぎない。
重要なのは、お仕着せの「これをやればあれができるようになります」式の教育ではなく、学習・学問を通して「自ら助くる者」として向上しようとする人々に対して、アップルはいつでも答えを用意している、ということです。
心配しなくても、アップルの独占になどなるはずはありません。「今はまだ「新しいもの」と「人と違うもの」にはお金がかかる」ものだったとしても、パソコンやタブレットの歴史が語るように、一旦モデルケースが示されれば世界中がその追随をはじめてすぐに競争がはじまり、安価な代替システムは必ず登場する。
望むらくは、そうしたモデルケースを最初に示した当事者についての記憶を、時折でいいから、歴史が思い出して欲しい、ということです。
アップルが教育のあり方を変える
1月19日(アメリカ現地時間)、ニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館で米アップル社によるスペシャルイベントが開催されました。
各所で報じられていた通り、内容は教育に関するもので、電子教科書対応のiBooks 2、iBook Author、iPhone/iPad対応iTunes Uなどが紹介されました。毎日、大きくて重い教科書を何冊も持ち歩くことから開放してくれそうなiBooks 2、本格的な書き物から簡単なレジュメにいたるまで、「本」という形式での自己表現やコミュニケーションをシンプルな操作で実現してくれるiBook Author、世界の第一線に立つ教師陣の授業で自分磨きができるiTunes Uなど、1時間と短めのイベントでしたが、非常に刺激的な内容でした。
プレゼンターとしてはメインホストのフィル・シラー、iBook 2とiBook Authorの紹介にロジャー・ロズナー、iTunes Uと電子教科書の紹介にエディー・キューらが登場。今回はじめて、フィルの荘厳な佇まいとキューの陽気な振る舞いの対比をまざまざと感じた気がして、興味深かったです。
全体を通じて私が抱いた印象は、iPadを教科書の代替物として使うための(実現可能かつ有意義な)モデルケースが本格的に示される機会となった、ということでした。今回のイメージビデオで紹介されたような光景が一般的なものとなるにはまだしばらくかかるとは思いますが、いずれはこのイメージに近づく教育現場も多くなっていくのではと感じます。
以前、アメリカの教育についての現場リサーチをしていて気がついたのが、アメリカの公教育の現場(特に初等中等レベル)がかなり困っている状態である、ということでした。多くの学校で少人数クラス運営が実施されているのはいいことなのですが、結果、教師側からみれば一人当たりの給料は少ないにもかかわらず朝から晩まで授業と雑務と授業準備に追われる毎日、行政側から見れば人件費による財政の圧迫という、全く理想的とはいえない状況である。その結果、クラスサイズが大きくなる学校も多くなり、少しばかり給料が増えたとしても、今度は業務の負担が教師の時間を圧迫する。そんな現場のなかで戸惑う子どもたち。今回のアップルのイベントでのビデオで紹介されていた教師の一人が言っていたように “In general, education is in the dark ages.” なわけです。
モーリス・センダックの絵本『かいじゅうたちのいるところ』をスパイク・ジョーンズとともに映画化した作家デイヴ・エガーズは教育事業家でもあるのですが、彼を中心に編まれた2005年のTeachers Have It Easyという本では、公教育の現場で毎日授業と雑務に追われる教員の日々の苦労が切々と語られています。両親と姉が教師で、彼らの日々の苦労を見ていたエガーズが始めたのがサンフランシスコにある “826 Valencia” という施設で、これは日本で言えば学童保育に相当するような、学校の放課後に児童・生徒を預かる施設なのですが、この施設では特に、経済的な環境など様々な理由で学校の授業についていくことが困難な子どもたちに対して、基礎的なリテラシー教育から創作に到るまで、広汎な教育活動が行われていいます。つまり、公教育が担保しきれない子どもの教育を、ボランティアの援助で賄わねばならないほどの状態になっているというのが、アメリカの教育の現実なわけです。(ちなみにこの非営利活動のなかでエガーズは様々に援助を求めているのですが、発足の2002年から子どもたちが使うパソコンとして寄付されていたのがMacであったと語ったのは、エガーズがこの活動を通じて受賞したTEDプライズの授賞式でのことでした。やはり教育とアップルは親和性が高いということの現れですね)
今回のアップルのイベントで現場の先生の意見がビデオで紹介されていましたが、子どもの興味を引き出すきっかけがなかなか見つけられない、というのが多くの先生の意見です。子どもが学ぶ意欲を持ったり失ったりということにはさまざまな要因があるはずですが、そのひとつが、これもある教師がビデオで言っていましたが、子どもたちは家では様々なメディアに囲まれて生活しているのに、教室にくるとそれが消えてしまう、という問題です。もちろん、電子機器がない環境でのディシプリンも必要なのは確かですが、あまりにも歴然とした環境の違いは、少なからずの子どもたちにとって、学習意欲の阻害要因になっていることは確かだと思われます。そうでなくても、ちょっとしたビジュアル素材がすぐ利用出来ることによって、全体として学習意欲を飛躍的に高める子どもたちがいることも容易に想像できます。
フィル・シラーが紹介していたPISAのものと思われる学習到達度のランキングでは、アメリカの順位は芳しくありません。アメリカでは、教育の現場を変えなければいけないという切迫感が、全体として強くあるのが現実だと思われます。結局、教育は国家100年の計の言葉通り、国が全体として教育、人を育てることを大切に考えなければ、ダメだ、ということになるわけです。そしてそれは、結局のところ国や自治体がどこにお金を使うか、にかかってくるわけです。
今回アップルと業務提携した教育出版社の教科書がアメリカで使われている教科書の9割を占めるということで、教育業界も総出でこの動きに参画し始めています。アップルが今回のイベントで示したモデルケースが一般的に適用されれば、アメリカの教育現場の様子が根こそぎ変わってしまう、そんなポテンシャルは充分に感じます。これもiPadが持つポテンシャルと関係しているのではないか、と、今強烈に感じました。アップルの理想に現場が近づくのも、そう遠くないことかもしれません。
The Rest of Us, on the Road.
あけましておめでとうございます。そんなわけで今年はみなさまおなじみのフレーズから始めてみます。
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クレイジーな人々に乾杯
はみだし者
反逆者
トラブルメーカー
四角い穴に打ち込まれた丸い釘
ものごとを違った角度から見る人々
ルールが好きじゃない
そして、現状には満足しない彼ら
彼らを称賛する、彼らに異議を唱える、彼らの言葉を引き合いに出す
彼らを信用しない、彼らを賛美あるいは非難する、それもよかろう
しかしできないことが一つだけある
それは彼らを無視することだ
彼らは発明する
彼らは想像する
彼らは癒す
彼らは追求する
彼らは創造する
彼らは他の人間の気持を強く動かす
彼らが人類を前に進める
たぶん、彼らはクレイジーであらねばならないのだ
そうでなければ何も書かれていないキャンバスの上に作品を見ることなどできやしない
静寂の中に佇み、聴いたことのない音楽を聴くことも
赤い星を凝視し、車輪の上に載った実験室を想像することも
そうした人々のために、道具は作られてきたのだ
クレイジーな奴らだ、と思う人々もいるが
われわれには天才だ
世界を変えられる、と考えるほどにクレイジーな人間こそが
本当に世界を変えるんだ
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ご存知、”Think Different”のCMフレーズが含まれていますが
出典はかのビートニク作家、Jack Kerouacの『路上』(“On The Road”)からです。
昨年出版されたスティーブ・ジョブズの伝記は、彼が受けたヒッピーカルチャーの影響の強さを証明するものでしたが、その上で改めて “Think Different” CMの元になったケルアックの言葉を思い出し、読んでみると、改めて「なるほど」と感じます。
そして、日本のみならず世界的に将来に対する展望がなんとなく不透明で不安な今こそ、力を持ちうる言葉だとも感じられます。
ともあれ、本年も『田園Mac』よろしくお願いいたします。
ジョブズ氏、グラミー賞でもエジソンと肩を並べる
米グラミー賞がアップルの前CEOの故スティーブ・ジョブズ氏に評議員賞を授与するとAFP通信が伝えました。
ジョブズ氏が受賞したのはSpecial Merit Awards(特別功労賞)のうちのTrustees Award(評議員賞)とのことで、ジョブズ氏の音楽業界への功績をNational Academy of Recording Arts and Sciences(=The Recording Academy、全米レコード芸術科学アカデミー)が追認した形となります。
評議員賞は、音楽演奏以外の分野で音楽の録音(技術)に貢献した人物に与えられる賞ということで、過去には著名な指揮者や作曲家、音楽技術の開発者などが受賞しています。該当者がいる年だけに不定期に授与される賞で、ビートルズ、ショルティ、バルトーク、フィル・スペクター、はたまたムーグ・シンセサイザーのRobert Moog氏、レスポール・ギターのLes Paul氏など、受賞者のリストを見ると、音楽の世界では伝説的な人物の名前ばかりです。1977年にはトーマス・エジソンも受賞していたんですね。
やはりここでもエジソンと肩を並べたジョブズ氏。感慨深いものがあります。
米ITCがAppleの特許を保護する裁定、Googleにも影響か
New York Timesが伝えたところでは、スマートフォンに共通する一連の重要な機能について、米アップル社の特許を保護する決定が月曜日に米連邦当局によって下され、これによりGoogle社のAndroid OSを搭載するスマートフォンが機能変更を迫られる可能性が出てきたということです。
裁定はアメリカ国際貿易委員会(ITC)によるもので、近年増加する特許戦争のなかでももっとも重要なもののひとつとのこと。Androidフォンがシェアを伸ばすなかで、モバイル産業にかかわる主要な全ての会社に関係する決定となりそうです。
Appleの特許と認められた機能には、例えばタッチスクリーンに表示されたEメールやテキストメッセージに書かれた電話番号をタップし電話をかける、あるいは同じくEメールに表示された日付をタップしてスケジュール管理する、といったものが含まれています。
被告であるHTCは世界で最大規模のAndroid搭載のスマートフォンメーカーですが、対象となった機能に関し、この裁定をうけて機能に変更を加えると発表したとのことです。4月19日以降、アップルの特許を侵害しているHTCのスマートフォンはアメリカ国内で販売することができなくなります。
今回の裁定はアップルの真の標的であるGoogleにも少なからずの影響を与えるかもしれません。2011年には世界でのAndroidoの販売シェアは52.5%で、昨年の25.3%から大きく増加しています。アップルは同16.6%から15%に減少しています。
アップルの前CEOの故スティーブ・ジョブズ氏は、GoogleがiPhoneの革新的な機能の多くをAndroidに不適切にコピーしたと公言しており、ジョブズ氏の伝記の著者ウォルター・アイザックソンに対しジョブズ氏は「アンドロイドを破壊するつもりだ。あれは盗まれた製品だから」と述べていたとのことです。
モバイル機器が精密さを極めるなか、飛躍的に増加する特許がビジネスにおける武器として使われていて、爆発的に伸びる売り上げとともに訴訟も増えています。知的財産に関するドイツ人アナリストFlorian Mueller氏によれば、モバイルビジネスに関して世界中で起こされている訴訟の数は100に近付いている、とのことです。
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記事の大まかな内容は以上です。
そういえば、iOS 4まではメールなどに記載された日付の部分がクリッカブルリンクになっていて、タップするだけでスケジュール管理ができていたのに、iOS 5以降あたりのタイミングで、この機能が無くなっていることに気づいて、随分不便に感じていたのですが、この訴訟の過程だったことが影響していたのでしょうか。訳出はしていないのですが、記事の中で “At the heart of the disputes are the kind of small but convenient features that would cause many people to complain if they were not in their smartphones”(争いの中心となっているのは小さいながらも便利なもので、それがなければ多くの人が不満を言うであろう機能)と表現されていて、まさにその通りだな、と思いました。
(上記の問題、もしやと思い言語環境設定を「日本語」にしたところ、日付もリンク化しました。私の勘違いでした。通常「English」に設定していたので、この機能が生きていることに気が付かなかったようです。しかし、だとすれば、設定は今も以前も「English」だったので、以前なら「English」で設定していても日本語メール内の日付がリンクになっていたのが、どこかでダメになった、ということなのかな、と。謎です)
ともあれ、ますます複雑になっていて今どの段階なのかを把握することすら専門外の私には一苦労の特許に関する問題ですが、ともあれ一定の判断が下ったということになります。これからも注視していく必要はありますね。



